バストアップには食べるものにもこだわりを

身体を引き締める具だくさんみそ汁

いも、野菜などをたっぷり入れた具だくさんみそ汁です。

これは整腸作用もあり、ダイエットにも効果的です。

大根、にんじん、じゃがいも、さつまいもなどをいただけば、便通がよくなるし、太らないし、またみそそのものも身体にいい食材です。

料理を凝って作るとなると大変ですが、おみそ汁に具だくさん。

どうです、簡単でしょう?

冷蔵庫に入っている季節の野菜をいろいろと入れていくだけで、おなかがいっぱいになります。

私もちょっと身体を引き締めたい!バストアップしたいと思ったら、具だくさんみそ汁を作っていただきます。

調理の注意点はみそを入れすぎないこと。

できれば、だしはいりこや鰹節など天然素材のもので取って、カルシウムが含まれているそれらを食材ごと食べるといいでしょう。

バストアップには常備野菜や豆腐、こんにゃくを活用

みそ汁や煮物に飽きてきたら、身体に脂肪がつきにくい健康オイルなどで野菜妙めを作ってみてはいかがでしょうか。

ピーマン、にんじん、キャベツなどはたいていの家庭に常備されているもので十分です。

そこにたんぱく源として、かまぼこやはんべんなど魚の練り物を入れるとコクが増して、満足感を得られます。

それでも少々物足りないときは、卵を足すと栄養価が増すのでお勧めです。

メニューには、いも類やたまねぎなど、日持ちがする常備野菜を積極的に活用します。

私の場合、こうした常備野菜に加えて、新鮮な豆腐や魚類を買ってくることが多いですね。

こんにゃくは腸の掃除にもなり、カロリーが少なく、味付けによってはおいしくいただけるお気に入りの食品です。

一度習慣づければ、ビタミン類、繊維類、たんぱく質などバランスのよい食材を意識して選ぶクセが身についてきます。

外食が多い人は、とくに家での食事では栄養バランスを意識したメ二ューを食すようにしましょう。

食べるものにも気をつけながらバストアップに取り組んでいきましょうね!

黒ずみクリームの使い方

薄い胸と下半身太りが解消され、Eカップのグラマラス体形に変身

かつての私は、下半身にはしっかりと肉がつき太ももが太いことを気にしていました。

そして下半身に比べたら薄いバストもコンプレックスの種。

しかも、出産、揮乳を経てから、バストはすっかり垂れ下がってしまい、ますます貧相な身体つきに…。

なにげなく鏡を見て、しぼみきった自分の胸に気がついたときにはショックで固まってしまったほどです。

あるとき飲み会の席で、近所の奥さんにバストを触られた挙げ句、「ない」と言われたのにも、冗談とはいえ傷つきました。

すっかりコンプレックスを強くした私は、雑誌で見たバストアップの体操を試してみたりもしたのですが、効果はなく途方に暮れていたものです。

また私にはバスト以外にも大きな悩みがありました。

帝王切開で出産したため、ちょっと無理をするとおなかや腰に痛みが走り、家事にも支障が出る状態でした。

月に2回、ハリ治療に通いながら「ほかになにかいい治療方法があれば」と探していました。

そんなとき、先生が指導する一日体験レッスンを知ったのです。

夫は普段、あまり多くを語らない人間なのですが、先日は「がんばれよ」と抱き締めてねぎらつてくれました。

子どもが中学生になり夫婦の関係はすっかり「お父さん、お母さん」として定着したと思い込んでいたので、ちょっとうれしい出来事でした。

そのほか、私自身の変化は仕事面にも好影響として表れるようになりました。

私はホテルの調理場で働いていたのですが、笑顔で人に接したいと、思い切って接客係への異動願いを出したのです。

それまでの私ではありえない行動力です。

そして、朝食の接客スタッフとして働きだすと、お客様からは次第に「また来ます」と、お声がけをいただくようになりアンケー卜でも「豊田さんの笑顔が素敵でした」とのお言葉をいただけるようになりました。

身体が変わると自分の心持ちまでも変わるということ。

心と身体は密接につながっているのだと実感しています。

今まであきらめていたことは自分の思い込みのせいで、気持ち次第で変わることができるのですね。

自分の可能性を信じられるようになりました。

豊かな胸を手に入れて同時に、素直になることの大切さを知った

私は28歳で先生の講演会を聴くまでは、美しい身体とはただ痩せた体形だと思い込んでいました。

講演では主に自分を愛することの大切さについて語られていましたが、非常に衝撃を受けたのを覚えています。

なぜならそれまでの私は、自分のことなんて全然好きではなかったからです。

学生時代は学校をさぼりがちで、信頼できる人も少なく、自分は人から愛されていないしダメな人間だな…と思っていました。

それが先生の言葉によって、己を愛すること、それはまず自分の身体をいつくしむことだと学んだのです。

同時に、ただ痩せられればいいという考えも改めました。

たとえばバストに関していえば、授乳後、Aカップくらいにしぼんでしまっても「痩せたのだからいいでしょ」という感覚でした。

揮乳中は小玉すいか並み、H70くらいあったものが見る影もなく小さくなってしまったというのに・・・。

私はもっと自分の気持ちに正直になることを決め、豊かなバストを手に入れる決意を固めました。

まずは猫背姿勢を徹底してやめ、女性ホルモンを増強させるツボ押しや指肪をブラジャーに入れ込むことを行うと、2~3ヵ月でDカップにまでアップ。

その後はウエストの余分な指肪を。

バストに移動させつつ半年後にはF70にまでボリュームアップさせたのです。

おまけにウエストのくびれも復活しました

すると不思議なものですね。

自分の気持ちに素直になると手に入れられるものがあることを知ったせいか、物事を素直にとらえられるようになっていきました。

それまではひねくれた性格が災いしてか、仲のいい友人もあまりいなかったのに、今では私の周りには心から素敵だと思える人たちばかりです。

自分を受け入れる心が芽生えたら、周りの人の個性や長所に気づけるようになったようです。

また体調面では、胃痛、頭痛、ニキビ、生理痛と悪いところだらけ、虚弱体質だったのが嘘のように健康になりました。

心身ともに健全になり、今では笑顔の多い毎日を送っています。

体操でバストが2カップアップ!バストアップ効果

B70→D70に、身も心も健康になって積極的に外出できるように

学生時代は43キロしかなかった体重が、年齢を重ねるごとに増えて行き、気がついた時にはプラス10キロ!

ある日お風呂上がりに自分の後ろ姿を見て「なんておばさんになったのだろうか…」と愕然としました。

ヨガでも始めようかと悩んでいた時に友達が進めてくれたのが、先生の指導する「ヴェlネレ美容法」でした。

05年の4月のことです。

初めて、先生から指導を受けたとき「あなたの夢はなんですか?」と問いかけられ、一瞬言葉に詰まったのを覚えています。

「えーと、主人と一緒にのんびりとした老後を送ること」などと答えたのですが、先生に「それはいつかできることでしょう?あなた自身の夢は?」と再び問いかけられました。

私は答えることができませんでした。

最初、先生のもとを訪れたときには「太ってオバサンになった自分がイヤ。もうちょっと身ぎれいにしたい」と思っていただけで、自分がどうなりたいかまで深く考えていなかったのです。

先生から「それではダメです」とピシャリと言われ、その日はショックを受けて帰途につきました。

自分の夢、なりたい自分を思い描く

私自身の夢はなんだろう? なりたい自分はなんだろう? そんな問いかけからスタートして、イメージトレーニングをしながら理想のボディになることを決意しました。

思えば、私は何事にも消極的で、自分のことを好きだと思ったこともありません。

ああ、変わりたい・・・私は毎夜、庭に出て、星空を眺めながら美しくなったバストを思い描き、ストレッチをしました。

日中はトイレに行くたびにブラジャーを直して余分な指肪を入れ込むようにしました。

すると、ボディがみるみる引き締まっていったのです。

体重は2キ口しか落ちていないのに、見た目はかなり痩せた印象になったようです。

周囲から「変わったね!」と声をかけられることが多くなりました。

2ヵ月でワンカップ、また数ヵ月後にはさらにワンカップ大きくなり、B70からD70にまでバストアップしました。

それまでの私は人の後をついていくタイプの人間でした。

話題のレストランや映画に行ってみたいと思っても、友人を誘うことすらできません。

それが、ボディが引き締まって、バストも豊かになり、自分に自信がついたことで私は変わりました。

自分が行きたいところには、どこへでもひとりで行けるようになったのです。

「そんなの当然でしょ」と笑う人がいるかもしれません。

でも、私にとっては大きな変化です。

生活そのものにもハリが出て毎日が楽しくなりました。

身体にもいい変化が次々と表れてきました。

それまでは股関節が弱く、あぐらをかくにも痛くて仕方がなかったのですが、いつの間にか痛みが消えて自然とあぐらをかけるようになっていました。

さらに、悩みのひとつ、18歳のときから首にあった老人性のイボがいつの間にか取れてしまったことも驚きです。

先日、夫から「おい、イボがなくなっているぞ」と指摘され、鏡で見てビックリ!

ずっと気にしていたものがなくなるなんて信じられない思いでした。

夫は私の変化を目の当たりにしてきた分、むしろ私よりもレッスンの効果を実感しているようです。

夫婦で出かけて友人に会うたびにその効果を宣伝しているくらいです。

レッスンのおかげで、私は身体全体が健康になりました。

また、気持ちのうえでも常にプラス思考でいられるようになり、今では心身ともに健康であることに本当に感謝しています。

私がバストアップを叶えて行くまでの道のり

あきらめがちなバストが豊かに美しく

最初の生徒さんたちは、娘が習っていたバレエのいわゆるママ友達です。

バレエの教室を借りてレッスンを始めました。

十数人でスタートした小さな教室は、うれしいことに評判を呼んで生徒さんの数が増え、教室も拡大していくことになりました。

そうして体操の先生をやりながら40歳のころには、美顔器を販売する会社に就職しました。

当時の私は、美容に対する関心は人一倍持っていました。

とはいえ、セールスの経験などなく、営業成績は芳しくありません。

入社してしばらくは、どうやったらお客様に満足してもらえるか試行錯誤の連続でした。

営業の見通しが立たないながらも、私はひとつの目標を定めました。

それは私自身が美しくなること。

売る側の人間が美しくあれば格好の証明材料になりますし、説得力を持ってお客様の心を動かせると信じたのです。

私は手探り状態で、美しくなるために良いといわれるものを、ひとつひとつ試していきました。

美容の効果が出たものの、ボディや表情筋のトレーニングをするのにプロセスが複雑すぎたり、お金がかかりすぎたりするものは除外し、自分なりの美容研究を続けていったのです。

それは、自分の身体を実験に拷けた地道な研究でした。

おかげで私が今、自分の美容法に自信を持っていられるのも、すべて自分自身が試してきた結果だからです。

その後、50歳を機に独立をしましたが、そのときには会社のなかでもトップの成績を収めていて、私なりの美しくなる方程式も十分に確立していました。

それが現在の「ヴェーネレ美容法」です。

私はこの美容法を続けることで、AカップだったバストがHカップにまで豊かに変貌しました。

実際には1年でAカップだったバストがDカップになりHカップになり、一時期はそれをGカップに戻したこともあります。

現在はアンダーバス卜が細くなったことで、カップ数が上がりまたHカップを維持しています。

「AからHだなんて、本当かしら?」といぶかしく思う人もいるかもしれません。

しかし、私は多くの女性に、「ヴェーネレ美容法」を指導してきましたが、始めて1ヵ月で1カップずつアップし、私のようにAカップからDカップになったという女性がたくさんいます。

その美容法のなかでも、バストを豊かに美しく変えて維持するレッスンを紹介していきます。

なんといっても身体をきれいに見せたいのなら、上半身から変えていくのが効果的です。

さあ、あなたも今日から「美乳レッスン」を始めて、「生まれつき小さいから」「授乳したから」「年だから」とあきらめがちなバストを美しく変身させていきましょう。

バストアップのためには覚悟も必要

2ヵ月の美容修業でメリハリボディに変身

私は思いを新たに、美しくなる決意を固めました。

離婚をしたばかりで、本来ならば自分の美容のことなど優先順位でいえば最も後のはずです。

しかし、もともと興味だけはあった美容の世界に飛び込んでみたいと、一念発起しました。

ずっと専業主婦として社会から離れていた私には、これといって自信のあることなどありません。

美容の世界でやっていきたい、そうした思いばかりが募るなかで、まず自分自身が美しくならなければ始まらないと模索し出したのです。

ちょうどそのころ目に留まったのが、先生が主宰する「整美体操」でした。

中村先生は企業の広報誌に登場されていたのですが、なによりも先生の若々しく美しい姿に目が釘付けになりました。

そのときのお年は59歳とのことでしたが、とてもその年齢には見えない若々しさと笑顔。

先生のように美しく年を重ねたい…その一心で住まいの佐世保を離れ、東京の先生のもとに修業に向かったのです。

子どもたちを実家に預け、2ヵ月間は美しくなることだけに専念。

普通の主婦ならば、そんなことはできるはずもありません。

でも、人間は本当にせっぱ詰まると、別の世界に飛び込むことを恐れないものです。

私は究極に追い詰められたから、思い切って飛ぶことができたのでしょう。

上京を決めたときにはすでに、「美容の世界で絶対に成功する!」と未来のイメージを心に焼き付けていました。

そうして「人が評価してくれるときがくる」「そのときまでがんばり続ける」…そんな大いなる決意を持って上京したのです。

両親は温かく東京に送り出してくれました。

幸い両親は私の性格を知っていましたから、一度決めたら引かない娘のために、なんとか支援してあげようと思ったのでしょう。両親は温かく東京に送り出してくれました。

両親から旅費として7万円を借りて、東京に住む叔母を頼りに上京したのです。

これは後から聞いた話ですが、親戚からはずいぶんと非難の声があがっていたようです。

「子どもを置いて2カ月も東京に行くなんて」。

それはそうでしょう。なのに、一言も不満をもらさずに支え続けてくれた両親には本当に感謝しています。

両親の思いに報いるためにも、私はもう無我夢中で東京での2ヵ月を過ごしました。

明けても暮れても体操、体操、体操…。

しかし、そんな日々を続けていくうちに、身体は着実に変化していきました。

現に、2ヵ月の修業を終えて帰ってきたとき、私の変貌ぶりに周囲は大騒ぎをしました。

体重は3キロほど骨せただけでしたが、下半身がすっきりとし、バストが大きくなったおかげで、メリハリのあるスタイルが人目を引いたのでしょう。

会う人ごとに驚かれて、質問攻めです。

「どうしてそんなにきれいになったの?」「体操をするだけでそんなに変わるの?」「私もその体操をやってみたい。ぜひ教えて」

そうして請われる形で、体操の先生を始めることになったのです。

先生に教えていただいた体操をべースに、独自の美容体操も取り入れて指導するようになりました。

図らずも、体操教室の先生という新しい職に就くことができ、これが私の人生の再出発点となったのです。

女はいつまでたっても美しくありたい

あきらめないで輝いて

私は現在、「バストアップ美容法」を提唱し、これまでに何万人という生徒さんたちのボディや顔(表情筋)のトレーニングをサポートしてきました。

「ヴェーネレ」とは、イタリア語で「美の女神」という意味です。

私たちがお伝えしたいのは、ボディも顔も含め、女性があらゆる角度から美しくなるための方法です。

現在、ヴェーネレ美容法の会員は5000人以上にのぼりますが、私はもっと多くの人にこの美容法をお伝えしたいと願っています。

「もう年だから」「体形は遺伝のせいだから」「子どもを産んだから」そんなふうにあきらめないで、もう一度、魅力的に輝いてほしいのです。

美容に目覚めた36歳

私自身、美容に目覚めたのは、そう早い時期ではありません。

36歳のとき、それも離婚をした翌月のことでした。

23歳で結婚をし、24歳で女の子を出産、そして27歳で男の子を出産し、2人の子どもをもうけて、一見すると幸せな家庭を営んでいました。

そんな私の結婚生活に、あるときじわじわと危機が訪れ、36歳のときにあえなく離婚。

シングルマザーとして子ども2人を女手ひとつで育てあげることになったのです。

そのときの私は幼い子どもを2人抱え、せっぱ詰まった気持ちでいっぱいでした。

残されたのは口ーンの完済していない住宅だけ。

口ーン返済のためにも早急に生計を立でなければならない状況でした。

自分の身なりを構うような余裕はありませんし、そんな状況を「仕方がない」ともあきらめていました。

私は子どもたちのために身の振り方を、必死に考えていたのですから。

今思えば日々オバサン化していく自分に対して、子どもや余裕のない生活をだしに言い訳をしていたのかもしれません。

ある日、自分の姿を省みない私に、娘がこんなことを言いました。

「お母さんのおなか、驚異の三段腹だね、気持ち悪い」娘にしてみれば、日々、老け込んでいく母親の姿がいたたまれなかったのでしょう。

しかし、愛娘にこんな言葉を投げられて、ショックを受けない母親はいません。

そのとき初めて私はこのままではいけないと、強く意識するようになりました。

美しくならなければこの子がかわいそう。

私はこのままでもいいかもしれないけど、「私もいずれ、お母さんみたいになる」…そう思い込んで、娘が将来、本当に早く老け込んでしまったら…。

そんな悲しいことはないと思ったのです。