バストアップのためには覚悟も必要

2ヵ月の美容修業でメリハリボディに変身

私は思いを新たに、美しくなる決意を固めました。

離婚をしたばかりで、本来ならば自分の美容のことなど優先順位でいえば最も後のはずです。

しかし、もともと興味だけはあった美容の世界に飛び込んでみたいと、一念発起しました。

ずっと専業主婦として社会から離れていた私には、これといって自信のあることなどありません。

美容の世界でやっていきたい、そうした思いばかりが募るなかで、まず自分自身が美しくならなければ始まらないと模索し出したのです。

ちょうどそのころ目に留まったのが、先生が主宰する「整美体操」でした。

中村先生は企業の広報誌に登場されていたのですが、なによりも先生の若々しく美しい姿に目が釘付けになりました。

そのときのお年は59歳とのことでしたが、とてもその年齢には見えない若々しさと笑顔。

先生のように美しく年を重ねたい…その一心で住まいの佐世保を離れ、東京の先生のもとに修業に向かったのです。

子どもたちを実家に預け、2ヵ月間は美しくなることだけに専念。

普通の主婦ならば、そんなことはできるはずもありません。

でも、人間は本当にせっぱ詰まると、別の世界に飛び込むことを恐れないものです。

私は究極に追い詰められたから、思い切って飛ぶことができたのでしょう。

上京を決めたときにはすでに、「美容の世界で絶対に成功する!」と未来のイメージを心に焼き付けていました。

そうして「人が評価してくれるときがくる」「そのときまでがんばり続ける」…そんな大いなる決意を持って上京したのです。

両親は温かく東京に送り出してくれました。

幸い両親は私の性格を知っていましたから、一度決めたら引かない娘のために、なんとか支援してあげようと思ったのでしょう。両親は温かく東京に送り出してくれました。

両親から旅費として7万円を借りて、東京に住む叔母を頼りに上京したのです。

これは後から聞いた話ですが、親戚からはずいぶんと非難の声があがっていたようです。

「子どもを置いて2カ月も東京に行くなんて」。

それはそうでしょう。なのに、一言も不満をもらさずに支え続けてくれた両親には本当に感謝しています。

両親の思いに報いるためにも、私はもう無我夢中で東京での2ヵ月を過ごしました。

明けても暮れても体操、体操、体操…。

しかし、そんな日々を続けていくうちに、身体は着実に変化していきました。

現に、2ヵ月の修業を終えて帰ってきたとき、私の変貌ぶりに周囲は大騒ぎをしました。

体重は3キロほど骨せただけでしたが、下半身がすっきりとし、バストが大きくなったおかげで、メリハリのあるスタイルが人目を引いたのでしょう。

会う人ごとに驚かれて、質問攻めです。

「どうしてそんなにきれいになったの?」「体操をするだけでそんなに変わるの?」「私もその体操をやってみたい。ぜひ教えて」

そうして請われる形で、体操の先生を始めることになったのです。

先生に教えていただいた体操をべースに、独自の美容体操も取り入れて指導するようになりました。

図らずも、体操教室の先生という新しい職に就くことができ、これが私の人生の再出発点となったのです。